今、ハンダごてが熱い
少し前まで、電子工作での定番ハンダごてと言えばHAKKO FX-600でした。一般的なペンシル型ながら温度調節機能があり、電子工作で使うならこれがベスト、と言われていました。その対抗馬としてgoot PX-201もあり、性能自体は引けを取らないものの、知名度で一歩劣ると言った感じです。(ちなみに私はPX-201を使っています)
その後、2021年にgootがgoot PX-280を発売。従来ステーション型にしか搭載されていなかったデジタル制御をペンシル型に投入して巻き返しをかけ、市場をひっくり返します。そして2024年にはHAKKOもデジタル制御のHAKKO FX-600Dを投入して追撃。というのがここ最近の表のストーリーです。
そして、HAKKOとgootの競争の裏で、実は静かに盛り上がっているのが、USB-PD(Type-C端子)を電源として使うハンダごてです。品物自体はちょっと前からあった気がしますが、最近品質が上がって実用性が高くなり、注目を集めるようになりました。大体どれも中国メーカー製で、AliExpressなどで購入できます。いくつかの機種は国内の販売店でも取り扱っており、いま日本で最も有名なのは、ALIENTEK(ありえんてっく)社のALIENTEK T65でしょう。スイッチサイエンス・秋月電子で取扱があります。また、秋葉原のsigezoneで販売されているCXG社のCXG696も比較的入手しやすいと思われます。
QUECOO T85 (USB-PD対応) 約2,800円
これらのハンダごてが安価で実用性が高いということは、いくつかのblogやYouTubeで取り上げられています。私もそういった紹介を見て物欲が刺激されたのですが、AliExpressを見ていると同種のハンダごてでさらに安価なものがあったので、そちらを購入してみることにしました。
今回購入したのはQUECOO(きゅーこー…だと思います)というブランドの、QUECOO T85というモデルです。ALIENTEK T65より安く入手できた割にはまあいい感じ、ただし困ったところもあります。この商品を紹介しているblogがほかにあまりないようなので、レビューを書くことにしました。
QUECOO T85 日本語マニュアル
残念ながらQUECOO T85には日本語のマニュアルがありません。製品には中国語・英語・ロシア語のマニュアルが付属します。
この記事を書くに当たり、確認のために筆者が日本語にしたものを、別記事としておいておきます。元々のマニュアルが少々読みにくいのですが、そんなに難しい製品でもないのであまり困らないでしょう。
QUECOO T85 パッケージ
今回購入したパッケージは最小構成です。次のものが含まれていました。電源やUSBケーブルは含まれておらず、自分で用意する必要があります。
- ハンダごて本体
- コテ先 T85-BC2
- コテ台 (スポンジ)
- ロックナット (1セット)
- 取扱説明書 (中文・英文・露文)
私の購入金額は約2,800円でした。セールだと2,200円~2,600円程度で購入できることもあるようです。Aliexpressは価格の上下が激しいので、参考程度としてください。
A型やK型のコテ先がついてくるパッケージが多い中、最小構成でBC型がついてくるのは電子工作用途にはありがたいです。コテ先を別途買い足さなくてもすみます。
ほか、セットのコテ先が異なるモデルや、ハンダやケーブルがついてくるパッケージもあるようです。
QUECOO T85の特徴
趣味程度の工作なら実用性十分です。電源投入後の温度上昇もスムーズですし、温度維持もいい感じです。(PX-201よりも使いやすい……)それ以外の特徴を紹介します。
- 小さい・軽い!
- (注意)よいサイズのコテ台がみあたらない
- USB-PDと、一般的なACアダプタ(DC 5.5mmプラグ)のどちらでも使える
- (注意)USB-PD給電で利用する場合は65Wアダプタ必須
- 利用可能なコテ先の規格が広い
比較表
まず、他のハンダごてとの比較を掲載しておきます。ALIENTEK T65と、上位モデルのT80、CXG969はUSB-PD電源。CXG968は5.5mmのDCプラグの給電です。goot PX-201とHAKKO FX-600は一般的な100V ACのハンダごての例、HAKKO FM-2027はステーション型ハンダごてのコテ部の例です。FM-2027は単体では使用できず、ステーションに接続して使用するものなので注意してください。
機種 | 電源 | 全長 | 重量 | 価格 |
---|---|---|---|---|
QUECOO T85 | USB-PD/DC5.5mm (MAX96W) | 165mm | 37g | 約2,800円 |
ALIENTEK T65 | USB-PD (MAX65W) | 165mm | 26g | 3,850円 |
ALIENTEK T80 | USB-PD (MAX100W) | 175mm | 38.5g | 4,840円 |
CXG968 | DC5.5mm (MAX240W) | 205mm | 50g | 4,900円 |
CXG969 | USB-PD (MAX60W) | 208mm | 48g | 6,800円 |
goot PX-201 | 100VAC (70W)※ | 210mm | 90g | 4,000円前後 |
HAKKO FX-600 | 100VAC (70W)※ | 233mm | 61g | 4,000円前後 |
HAKKO FM-2027 | 24V (70W)※ | 188mm | 30g | ※ |
小さい・軽い
最初送られてきた荷物を見て、別の品物が入っているのかと思いました。箱を開けてみると確かにハンダごてが入っていましたが、とても小さく見えます。そして、軽いです。私が以前から使っていたgootのPX-201と並べると小ささが際立ちます。
カタログスペック上は、いわゆるステーション型ハンダごてのコテ部と同じぐらいのサイズ・重量です。電源ケーブルも、100Vのハンダごてと違って細いものが選べるので、その点でもステーション型に近い感覚です。(とはいえ、値段が値段なので、過度な期待はしてはいけません)
ちなみに、USB-PD電源のハンダごてでもいろいろなサイズのものがあります。比較表を見ていただければと思いますが、ALIENTEK T65・T80はQUECOO T85と概ねサイズ感が同じです。一方、CXG968・CXG969はかなり大柄で、100V ACのハンダごてに近いサイズ感です。似たようなカテゴリで販売されていますが、大分使い勝手は違うのではないでしょうか。
筐体がプラスチックなのは高級感に欠けますが、断熱性など考えると妥当なところかと思います。本体はほんのり暖かくなる程度で特に気になりませんでした。注意したいのは、コテ先(チップ)を取り付けるロックナットです。コテ先を350℃に設定してしばらくおいておくと50℃ぐらいまで温度が上がっていました。
ちなみに、筐体にLEDがついていて、手元が照らせるという触れ込みなのですが……これはあんまり意味はなさそうです。(これ、どうせつけるならディスプレイと反対側につければいいのに)
(注意)よいサイズのコテ台がみあたらない
本体が小型なのはいいのですが、それに伴ってコテ台のサイズも気になります
これまでは、goot ST-76というコテ台を使っていて、goot PX-201にジャストフィットだったのですが、同じコテ台にQUECOO T85を納めようとすると、いまいちサイズが合いません。使えないというわけではないのですが、どうもこう、しっくりこないという……。
ちなみに、shigezoneで売っている耐熱シリコーンはんだごてキャップを取り付けるとこんな感じになります。後述のロックナットをつけている場合はうまくはまりますが、ロックナットを使わない場合は固定できないでしょう。
USB-PDと、一般的なACアダプタ(DC 5.5mmプラグ)のどちらでも使える
USB-PD電源対応というのがこのジャンルのハンダごての特徴ですが、QUECOO T85はよくあるDCプラグ(5.5mm/2.1mm)でも電源がとれます。
後述の理由でUSB-PDを使うときは65W対応のACアダプタが必須なのですが、実は案外いいお値段です。一方、DC19V出力のACアダプタはノートパソコン用のものが豊富に出回っています。ハードオフのジャンクコーナーに行けば、NECとかFujitsu用のACアダプタが数百円~1,500円程度で購入できるでしょう。出力電圧が19Vで3.5A以上のものを選んでください。私はFujitsu用の19V 4.22AのACアダプタで試してみましたが、特に問題はありませんでした。
ちなみに、QUECOO T85のUSB端子はUSB-PDだけでなく、QC(QuickCharge)にも対応しています。QC対応で9V以上の電圧に対応したACアダプタであれば、USB Type-C端子ではなくUSB Type-A端子からも電源を取ることができます。
(注意)USB-PD給電で利用する場合は65Wアダプタ必須
これはちょっと困るところです。QUECOO T85はUSB-PDケーブルを接続するとネゴシエーションしてできるだけ高い電圧で動作しようとするのですが、その際給電側の出力可能な電力にかかわらず、以下の定格表にある電力を吸い込もうとするようです。
電圧 | 電流 | 電力 |
---|---|---|
20V | >=3.25A | 65W |
15V | >=2.5A | 37.5W |
12V | >=2A | 24W |
9V | 1.5A | 13.5W |
接続しているACアダプタが20V対応で65W以上出力できる場合は問題ありませんが、出力が不足する場合、ACアダプタ側の保護回路が働いて電流が止まってしまうことがあります。45WのACアダプタに取り付けてみたところ、起動→加熱開始→電源断(保護回路作動)→再起動を繰り返す状態になってしまいました。
これ、ALIENTEK T65であれば、使用する電圧を設定することで、吸い込む電力を制限することができるらしいのです。しかし、QUECOO T85にはそのような機能がなく、ACアダプタが20Vに対応していれば、どうやっても20V・65Wを吸い込んでしまうようです。同種の他の製品だとできていることができないのは、要注意点でしょう。
利用可能なコテ先の規格が広い
QUECOO T85やALIENTEK T65などこのジャンルのハンダごては、goot PX-201やHAKKO FX-600のような一般的なセラミックヒータータイプのハンダごてと構造が大きく異なります。
セラミックヒータータイプのハンダごては、コテ本体に棒状のセラミックヒーターが取り付けられており、そのヒーターを覆うように金属のコテ先をかぶせます。QUECOO T85やALIENTEK T65は、ヒーターとセンサーが一体化したコテ先(チップ)を本体に取り付けます。ステーション型ハンダごてで採用されていることが多い構造です。(とはいえ、値段が値段なので、過度な期待はしてはいけません)
このコテ先の規格はハンダごてごとにバラバラかと思いきや、どうも中国メーカーの間では暗黙の了解的な規格があるようで、メーカーを超えていくつかのパターンのコテ先が使われているようです。……が、今ひとつ、どういう規格があるのかわかりません。
とりあえず、Aliexpressでよく見かけるものとして、比較的まっすぐなT65/T85系と、途中に突起が出ているTS100/TS101系があるようです。そして、QUECOO T85はこの両方が使えるというのが一つのポイントです。
マニュアルにもあるとおり、T65/T85系コテ先を利用する場合は、QUECOO T85添付のロックナットを使用します。この場合コテ先の取り外しはナットを回す必要があります。TS100/TS101系のコテ先を利用する場合は、ロックナットを取り付けずにそのままコテ先を本体に刺すようです。この場合コテ先の交換のためにナットを回す必要はなさそうですが……私は本体添付のT85-BC2しか使っていないので、多分そうじゃないかなと。
そもそもこの辺のコテ先がどう違うのか、よくわからないんですよね……
こういった形で様々なコテ先を利用することができるため、QUECOO T85にはコテ先温度のキャリブレーション機能があります。設定画面と実際のコテ先温度の差を調整することができるので、能力の違うコテ先を利用する場合はキャリブレーションを実行するといいでしょう。しかし、そのためにはコテ先温度を測る温度計が必要になります。私、コテ先用の温度計を持ってないのですよね……。
以上、QUECOO T85の特徴を紹介しました。
USB-PDで給電する場合のACアダプタの出力だけ注意が必要ですが、それを除けば実用性が高く、価格も安い、よいハンダごてだと思います。今のところ日本で購入する手段がないですが、どこかの販売店が輸入してくれればいいなぁと思っております。